Kちゃんの場合〜助産院で、真夏

今は立派なビルになっている、F市のI助産院ですが、長女が生まれた頃には、かなり古い建物でした。戦後まもなくの頃に建てられたと思われる民家に、増改築を繰り返していて、床が傾いていました。それだけに、そこにいるだけで、なにか、なんとも言えない安心感がありました。

検診のためにお邪魔すると、近所の公園に散歩に行ったり、湘南海岸をドライブして帰ったりしました。

夫の会社の夏休みが始まったその朝、陣痛らしい痛みを感じて、朝早くからI助産院へ駆け込みました。「まだまだだから、公園でも散歩してらっしゃい」と言われて散歩に出掛けましたが、30分もしないうちに、なんだか歩けないような気分になって、助産院に戻りました。「あらっ、もう帰って来ちゃったの?あらあら、ほんとだ、進み方が早いわね」「何時頃生まれるんでしょうか?」「さあねえ、今日中には生まれるんじゃない?赤ちゃんに訊いてごらんなさい」

えーっと。今日中、というのは、今日の夕方までに、ということかしら、それとも今日の24時までに、ということかしら。夕方までに、の方がいいなぁ、などと考えているうちにも、間隔の短い、強い陣痛になってきた。でも、予想したよりも痛くない。これなら腸カタルの方が痛かったなぁ。これはお産だから、生まれるまでの痛みだし。早く赤ちゃんの顔が見たいなぁ。可愛いといいんだけどなぁ。夫に腰をさすって貰いながら、いろんなことを考えていました。

陣痛が鋭くなり、「さぁ、いよいよですよ」と助産婦さんに促されて、全部で10回くらいいきんだところで「はい、今度はもう力を抜いて、赤ちゃんが自分で出てきますよ」ほんとだ、赤ちゃんはちゃんと自分で生まれてきました。ピンク色のきれいな赤ちゃんは、一声産声を上げて、私の裸の胸の上にピッタリと乗せてもらい、泣くのを止めて、じっとこちらを見ている。新生児なんかかわいくないかも、と思っていたのに、意外にも赤ちゃんはとてもかわいかった。血まみれかも、と予想していたのに、少しも血が付いていなかった。羊水の匂いがして暖かかった。手足には指がちゃんと5本づつ、しかもいちいち小さな爪までついている。11時前だったから、今日中、どころか昼前に生まれてしまいました。

しばらくして、へその緒を切り、後産も出てから、助産婦さんが手鏡を持ってきました。今赤ちゃんが出てきたところを見ろ、と言います。「ほらねっ、どこも切れてないでしょ、きれいなまんま」確かな助産術のお陰で、多くの産婦が苦しむという裂傷が少しも出来ていませんでした。

これが、赤ちゃんにもお母さんにも優しい、日本の産婆術によるお産でした。