Tくんの場合〜自宅出産、真夏

三番目の子どもが生まれるのは、七月末頃の予定でした。その年小学校に入学した長女の夏休み中に出産、という計画が計画通りにいったわけです。次女は保育園の年中組でした。

臨月が近くなり、大きなお腹を外から見ても、中で赤ちゃんが動いているのがハッキリわかるようになりました。赤ちゃんがさかんに動き始めると、娘たちにお腹を触らせて「これは赤ちゃんの背中」「ほら、これはかかとかな?」と楽しんでいました。

娘たちには「夏になると赤ちゃんが生まれるからね」と言い言いしていたので、梅雨が明けて暑い日が続くようになると「夏になったね!今日赤ちゃん生まれる?」「まだまだ。今日はまだ生まれないな」「えー、早く生まれればいいのにー。」「そうだね。でも、赤ちゃんが自分で生まれたくならないと、生まれて来ないんだよ」「ふーん。赤ちゃん生まれるとき、手伝うからね!」という会話が毎日繰り返されるようになりました。

さて、いよいよ陣痛が始まり、岸助産婦さんにも連絡したのは7月31日の夕方でした。

妊娠中に読んだ本で、かなり陣痛が強くなってからも、歩くと楽らしい、と知り、試してみるつもりでした。陣痛が来たら、歩いてみました。確かに楽なんです。あんまり歩いている方が楽なので、陣痛が来るたびに、うろうろ歩き回りました。

夕飯の支度をして、娘たちに食べさせて、床の拭き掃除をして、まだ大丈夫そうだったので風呂に入りました。体を温めたせいか、急に陣痛が進みました。明日は出社出来ないかも、と仕事を片付けた夫がやっと帰宅するのと同時に、お産が始まりました。

滝のように、としか形容しようがないほど汗をかく私を見て、娘たちが走って行って手に手に団扇を持って戻ってきて、「お母さん頑張れー!」「赤ちゃんも頑張れー!」と寒くなるほどあおいでくれました。

膝をついてしゃがみ、向かい合って座った夫に掴まった姿勢で、生まれてきたのはそれまでで一番大きな赤ちゃんでした。10時半過ぎでした。大騒ぎしていた娘たちが、急に声を潜めて「あ、おちんちんだ」「男の子だったね」と話しているのを見れば、正座して、何やら神妙な面もちをしているのでした。

夫がへその緒を切り、産湯をつかわせてくれ、産着を着せて貰った赤ちゃんを家族全員が囲んで、ずいぶん長い時間見ていました。赤ちゃんの方でも、じっと目を開けて、みんなの顔を見ていました。おじいちゃんやおばあちゃん達も順番に赤ちゃんの顔を見に来て、そおっと赤ちゃんの頭を撫でて帰りました。

こうして、ふだん通りの暮らしの中で、家族のメンバーがひとり増えたのでした。